古いアルバム
10
(火)
03月
【 エッセイ 】
今回WEBサイトをリニューアルするにあたって、制作者の一人から私の若いころの写真もサイトに載せたいとの依頼があった。
そこで、埃をかぶった古いアルバムを引っ張り出し、開いてみた。すると、そこで私は、若い頃の自分の姿に出会い、そして、懐かしい方々とも久しぶりにお会いすることができた。
父の後を継ぐためだけに精神科医になった私に、色んなテーマを与えられると同時に、好きに仕事をさせて下さった、恩師の長崎大学精神神経学教室、高橋良教授。
ウィーンで開催された国際学会にお供したときの写真では、開会式のスピーチを熱心に聞いておられる教授の斜め後ろに座っている私はうわの空。
英語かドイツ語だったか忘れたが、そのスピーチの内容がまったく理解できなかったのはもちろんだが、その会場がハプスブルグ王朝のホーフブルク宮殿の大広間で行われており、私はその広間の天井画に見とれていた。だから、うわの空だったのである。
県立病院勤務時代、モラトリアムでやる気のない私に断酒会に関わるように指示され、久里浜のアルコール依存症専門医研修への参加を勧めてくださり、今日まで続けているアルコール医療への取り組みのきっかけを作ってくださった当時の県立病院副院長の川崎ナオミ先生。
何かの研究会後の懇親会の時だろう。お腹がすいているのに、夢中で何か語りかけている私。
でも、川崎先生は少し迷惑そうだなぁ・・・。
そして、大阪医科大学の先輩でもあり、アルコール依存症の臨床活動のイロハを教えて頂き、全国各地でアルコール医療に取り組んでおられる他の先生方、そして多くの回復者の人たちに引き合わせてくださった新阿武山病院(大阪)前院長、今道裕之先生と二人で神妙な顔して座っているスナップもあった。
何時かな?ずい分前である。きっと高知の断酒学校に参加した時のじゃないかなぁ!
それから、私を日本精神科病院協会の様々な委員会に引っ張りこんで、果ては精神保健福祉士の国家資格に関する業務で、一昨年まで六年間も頻繁に上京することを、私に仕掛られた城ヶ崎病院(熊本)前院長、三村孝一先生。
このスナップは、確か三村先生のご尽力で国家資格になった精神保健福祉士の九州ブロックにおける現任者研修会の打合せの時のものである。
みなさん、すでに鬼籍に入っておられる。
この先生方がもし、この新しいWEBサイトをご覧になったなら、何とおっしゃられただろうか。
いつも辛口だった三村先生が言われることは大体予想できる。
熊本弁で
「また、西脇が生意気かこっして!まぁ~ようできとるたい」
と・・・多分。
古いアルバムには、時の流れと懐かしい方々の姿がたくさん詰まっていた。