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拝啓 日本相撲協会様

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(火)

07月

エッセイ

私の実父、義母方の祖母は、祖父、実父が経営する薬問屋を戦前、戦中、戦後に渡って支えてきた。というより、祖母が仕切っていた、といたほうがよかったかもしれない。
戦前のことだが、夜遅くまで、店の後片付けをしていた祖母のもとに、祖父が酔って芸者衆を数名引き連れてご帰還なさった。そこで祖母は、芸者衆に「二階に上がって、うちの旦那さんの相手しとかんね!」と言っただけで、脇目も振らず店の片づけを続けた、と聞いている。それから、戦後まもなく、祖父が亡くなると、温厚で商売人にはあまり向いてなかった実父をリードし、当時、長崎の三大女傑と言われていたらしく、男女を問わず多くの著名な長崎人との交流があった。心疾患を患い子どもが授からない娘に、息子の方の子どもを一人養子に出すことを考え、積極的にすすめたのも、多分、この祖母であったのだろう。
そんな養子に出された私が気がかりだったのか、私は他の孫よりよく可愛がってもらった。
相撲の興行が長崎であると、必ず砂かぶりの席を手に入れ、連れて行ってくれた。その特別な座席券を手にすることが出来たのも、その頃、年に一回の長崎での相撲興行のほか、秋の大祭"おくんち"の時に、その祭りの出し物とは別に、幼い私たちを夢中にさせた見世物小屋、サーカスなどを呼び寄せ、やはり興行取り仕切っていた長崎のヤクザの親分さんとも祖母はお付き合いがあったからである。
地方巡業では、幕内の取り組みの前に"初きり"といって、ベテランの幕下力士が二人、土俵に上がり、禁じ手を使ってコミカルな勝負を披露してくれていた(現在も地方巡業、福祉大相撲などで行なわれている)。今、思い返すと、とても滑稽な楽しいショーである。だが、ある巡業場所の時、土俵に間近な砂かぶりの席にいた幼い私は、間近に観るこの二人の力士のやり取りが、何か迫真に迫っており、本当に喧嘩をしていると思い、怖くなり、泣きだし、帰ると言って聞かなかった。その後の幕内の取組を楽しみにしていた祖母はしぶしぶ私を連れて、その会場を出てくれたのを記憶している。

確かに日本相撲協会の公益法人としてのあり方には、かなり問題があると言わざるを得ない。ただ、そんな祖母との思い出と近著「憚(はばか)りながら」(元山口組系後藤組、組長後藤忠政著:宝島社)を読み合わせてみると、今何故、日本相撲協会だけが、ヤクザ、極道との関係をこのように取り沙汰されるのか、と思う。

祖母は1889年生まれであった。何故祖母の生まれた年を憶えているかというと、兄が学生時代によく「おばあちゃまはドイツのヒットラーと同じ年の生まれ」と言っていたからである。その祖母は1980年後半に亡くなった。約1世紀を生き抜いた明治の女であった。そんな祖母は、私を地方巡業に連れて行ったくらいだから、もちろん大相撲ファンで、本場所のテレビ中継が楽しみの一つだった。栃錦対初代若乃花、大鵬対柏戸と大相撲全盛時代を堪能していた。
今のご老人も多くの方々が、本場所の相撲中継を楽しみにされておられるはずだ。それも、家族機能と社会構造が変化したことから、老後は、老人ホーム、介護施設に入所される方々が増えてきている中で、そんな方々にとって、数少ない楽しみの上位をテレビの相撲中継が占めるのではないだろうか。
2010年の名古屋場所は、親方、力士の野球賭博問題で、公共放送であるNHKがそのテレビ中継を取り止めた。理由は視聴者の多くの方から、取り止めるようにと要請が入ったからとのことである。その中に、多くの高齢者の方、それも娯楽も少ない施設などに入所されているご老人の方の意見はどのくらい反映されているのだろう。放映権は、1場所5億円と聞く。それに、相撲協会は優勝者らへの企業などからの賞状、賞金も辞退するそうである。
どんなものだろう。国民、とくに高齢者の方が楽しみに相撲中継は、NHKと交渉の上、行なってみたらいい。むしろ、その放映権、5億円の扱いである。また、企業からの賞状、賞金も辞退しないでいいのではないか。その総額は、よくは分からないが、放映権と合わせると10億円近くになるに違いない。それを、相撲を一番のごひいきにしておられる高齢者の方々、それも施設入所の方に何らかの形で還元すればいいではないか。

また、私は、精神科医の立場から、別の気がかりがある。解雇された大嶽親方のことだ。
現役時代は、二子山部屋に所属し活躍していた。そして、彼は二子山部屋の部屋頭を務めていたそうだ。当時の二子山部屋は、親方が初代貴乃花で、その息子二人が横綱を張っていた。遠くでみている我々は、素晴らしく強力な相撲部屋軍団といった印象を持っていた。しかし、内部では、親方の息子が2人とも幕内最高位の横綱である。そんな中で、2人の横綱と他の力士をまとめる部屋頭の苦労は察するに余るものがある。そして、そんな力量を認められてか、希代の名横綱大鵬が自分の娘を娶(めと)らせ、部屋を継がせた。そんな彼の能力とそれを生み出した気質が、元来ギャンブルが好きだったことも手伝って、野球賭博にのめり込ませた、と分析したくなる。
私は何時も依存症者の依存に至る背景を、このように「本来の能力、才能があだになった」と指摘する。ヤクザ、極道との癒着もだが、そんな彼の心の病(強迫的ギャンブル:ギャンブル依存症)?にも関心を持ってもらいたい。

日本相撲協会も然りだが、このような様々な問題を抱える組織が、何時のころからか、その失態が白日の下にさらされると、役員が整列して、謝罪の意を込めて頭を垂れるようになった。そんな慣習作りは如何なものかと思う。
我々が日常の生活を営むこの社会は、光と陰が常に存在するものである。その陰に光が当たった時、そんな陰の部分のもう一歩奥にある諸々の問題にどう適切に対応、対処するかが、真に成熟した社会の組織に求められることではないだろうか。

敬具