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エッセイ

本島等元長崎市長が1990年1月18日に「天皇に戦争責任はある」と発言した。その発言は言論の自由であると、多くの長崎市民、そして市職員が高く評価したのをご記憶だろうか。本島等元長崎市長はその後、狙撃されたが、一命を取り留め、現在も私人として平和活動を行っている。
同じ年の8月3日から11月4日まで、当時盛んであった地方博覧会が長崎でも開催された。それは、「長崎旅博覧会」(以下:旅博)であった。
私は当時、この元市長の言論の自由と発言と旅博の運営費に関する行政の動きに違和感を持って、長崎市の小さなミニコミ誌に次のような投稿をした。

「わたしは昭和22年1月生まれである。同じ年の5月に日本国憲法が施行されている。すなわち、私は主権在民と、国民の権利と自由の保持を謳った民主主義国家とほぼ同時に誕生し、その民主主義憲法の下で成長し、生活を続けている。しかし、これまでこの民主主義憲法なるものに、そんなに強い関心を持ったことはなかった。
ところが最近、本島市長の発言の是非をめぐって、憲法12条でいう国民の権利と自由の保持に関する議論が活発になっている。多くの市民、マスコミは市長の発言について、民主主義を守るものとして擁護している。私自身、そのことに関しては、市長も私たちと同じ市民であるからと、意見を挟むつもりはなかった。だが一方で、民間事業所に関して、同じ市当局が、それもその監督・指導機関の職員を使って、高田知事からの要請とはいえ、旅博覧会前売り券の購入を勧める動きを始めている。監督・指導機関の職員の購入依頼では、「No」と言えないといった声をしばしば耳にする。確かに、それを圧力と受け止めるのは、常識的な反応である。自らの発言の自由と権利を貫き通しておいて、市長は、なぜ、前売り券の購入の選択について、市民一人一人の自由に委ねて下さらないのだろうか。

今、そんな権利と自由について考える時、幼い頃から繰り返し見てきた古いニュースフィルム、一人の治世者が演説すると、民衆が一斉に右手を上げる映像が思い浮かばれて仕方がないのである。

これから、この自由にものを言い、物事を選択し実行し、新しい何かを創造することを保障してくれた法と共に歩んできたこと、そして、その法を特別な人のためでなく、市民一人一人のものとして大切にしなければならないことを、子供たちに語れる私自身でありたいと思う今日この頃である。」

確か、現田上富久長崎市長は、当時、30歳前半の長崎市職員だったはずだ。自らの権利のみを主張して、市民の権利には疎かった元長崎市長の下で、どうなさっていたのだろうか。多分、他の市職員同様に元長崎市長の言動に異を唱えておられなかっただろう。

ここで、前回の「情報、法、制度」で取り上げた、当院への長崎市保健所の抜き打ち監査に話を戻そう。
当院への抜き打ち監査は、全く根拠のない一通の投書によって行われたらしい、といったところまで、前回紹介した。そこで、当院としては、それこそ知る権利を行使すべく、当方の顧問弁護士が、まず例の投書の部分公開を求めた。そして、平成23年7月7日付で、長崎市長名の部分公開決定通知書が当方の弁護士宛に郵送されてきた。さらに、7月11日付で、「情報公開請求に係る部分公開の送付について」として、長崎市保健所奥野係長宛、長崎県の監査指導課より出田拓三なる人物経由の転送メールのコピーが送られてきた。そこの文面は「こんにちは、匿名で話をしたい(後は黒ズミ)どうか助けて下さい。」とだけが読み取れるものであった。
匿名の投書一通で抜き打ち監査ができるのだろうか?それも、メールである。色々と関係者に尋ねてみた。行政が、匿名の投書で医療機関に対してアクションを起こすには、信憑性があること、患者の生存に問題がある時(院内感染症などの蔓延)、そして、患者の人権が侵害されている疑いが高い時だそうである。そのためには、かなり慎重な調査、関係部署との連携、協議、さらに、厚生労働省が技術的な助言として、各都道府県におろしている文書にあるように、有識者からの意見も求める必要があるはずである。そのようなことが行われたとは、一切触れていない。投書の部分公開を求めただけだからだろうか。ただ、田上富久長崎市長は、今年度初めに、長崎市職員の管理職に向けて、市民のクレームにはしっかり対応するように、といった趣旨のことを話されたはずだが...。それが報道されていたのを記憶している。となると、市職員は市長の言うことは聞かないのか、これも困ったものだ。それとも、元市長の意志を継いで自らの権利は主張なさるが、市民の権利は認めない方なんだろうか。

もし後者であるとしたら、大変だ。私たち長崎市民は常にゲシュタポに監視されていることになる。

そうだ、もう一つあった。当院は現在、古い建物を壊して新改築中である。その解体している建物にアスベストがあるとの情報があったからと、長崎市の建築課職員が、管理者の私に無断で敷地内に入り、調査を行っている。もちろんアスベストなど解体する建物には存在していなかった。これも、建造物侵入罪ではなく、田上富久長崎市長の配下であるゲシュタポの仕業なんだろうか。

8月9日、長崎原爆投下の日に、こんな市長に平和宣言文を読んでもらいたくない。


*このブログは、私が日本国民であることで、行使できる権利に基づいて書いている。しかし「権利の濫用は、これを許さない。」との規定がある。
そこで、これまで紹介した元長崎市長の権利行使、また、今回の当院に対する田上現長崎市長を始めとする県職員、市職員の公務員として行使した権利について、まずご検討、ご検証いただきたい。

*ゲシュタポ(独:Gestapo):ナチス・ドイツ期の秘密警察部門である。
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