「新型うつ(病)」って
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(火)
07月
【 エッセイ 】
『「自殺対策不十分」3府省に改善措置を勧告 総務省:政府の進める自殺予防対策の推進が不十分だとして、総務省は22日、内閣府と文部科学、厚生労働の両省に改善措置を勧告した。自殺者数が1998年以降、毎年3万人を超え、政府が目標とする自殺死亡率(人口10万人あたりの自殺者数)減少の見通しが立たないことが背景にある。 政府は07年6月に「自殺総合対策大綱」を閣議決定。16年までに05年の自殺死亡率25.5人を20%以上減らすとの目標を設けた。だが、昨年は24.0人(1日平均の自殺者約84人)だった。』(2012年6月22日:朝日新聞デジタル)
確かにそうなんだ。20世紀末から今日まで、約120万あまり急激に増加した精神科疾患(正確には受診し診断を下された患者数)と同じ時期から自殺者が増加し、3万人に達し横這いの状態が今日まで続いていることである。もちろん、自殺者の多くは精神科疾患を有する患者だ。そうであれば、精神科疾患患者の受診が増加して、適切な治療を施されているにも関わらず、自殺者が減少をしていないということになる。
加えて、厚生労働省は、うつ病が100万人を超えたと発表している。うつ病は自殺のハイリスク疾病である。この100万人も、精神科、あるいは精神科医が第一標榜する心療内科に主に受診し、診断を下された結果の患者数だ。
自殺対策キャンペーンで、うつ病患者は以前からすると、気軽に医療機関を受診し、治療を受けるようになった。では、その治療が十分なものなのだろうか。
イギリスの報告では、自殺対策に有効だったものとして、私がこれまで取り上げてきたうつ病、アディクション等の重複障害の治療対策と24時間、365日の情報の共有化、それに伴う支援体制をあげている。
このことについては、厚生労働省のてんこ盛り指針にも記載されているが、何れも多くの対策の一つに過ぎない。とくに、この10年あまりの間に乱立した精神科、心療内科クリニックの多くはビル診療所で、そのほとんどが夜間は無人である。厚生労働省は、精神科救急医療体制の中で、そこにオンコールで患者情報の提供を求めている。しかし、夜間帰宅後、救急センターあたりからの問い合わせ患者について、カルテもない自宅から情報を提供できる精神科医がどれほどいるだろうか。やはりネットインフラの整備が必要だな...。
そうそう、それとうつ病の診断だが、最近、メディアでは「新型うつ(病)」なるものを盛んに取り上げ、一般向けの著書も多い。しかし、精神科の診断基準にはない。それは新型でもなく、10年ほど前から、社内うつと言われてきたものだ。我々精神科医の間では、逃避型うつ病、ディスチミア(気分変調症)親和型うつ病と診断している。
そして、この新型うつ(病)が定型(従来型)うつ病以上に増加している気配だ。
では、新型うつ(病)とは如何なるものなのか。まず、「自分に甘く、他人に厳しい」、「仕事はできなくなるが、自己の関心事に熱中する」、「生きたくないが、死にたくない」といった特徴を持っている。よって、上司から叱責されたり、仲間内で少し疎外感を感じると、落ち込み、精神科、心療内科クリニックに気軽に訪れ、「うつ病」と診断され、病休を取り、自分が好むことで時を過ごす。自傷行為、自殺未遂はみられるが、多くは自ら救急車を呼び、自殺完遂にはほとんど至らない。20歳代から30歳代に多い。
一方、定型(従来型)うつ病はというと、以前から言われている執着性気質で「気配り、几帳面、控え目」な人だ。よって、断れない、仕事も抱え込み、完璧さを求める。結果、消耗、抑うつ、不眠、食欲不振となるが、仕事に穴をあけたくない、自分が抜けると仲間に負担をかけると、中々休まない。もちろん、精神科、心療内科への受診も消極的である。そして、ついには過労死、自殺完遂に至る。自殺者は、受診してないか、受診を中断した人が多いとも言われている。なるほど...。
これは困った。精神科の敷居を低くするための心療内科標榜が、企業のメンタルヘルス対策に深刻な課題をもたらし、日本経済の活性化にも影響しかねない。そして、「私は、あんな態度を取って、職場から離脱したくない」と定型(従来型)うつ病の患者に受診動機付けを行う上でも好ましいことではない。かといって、新型うつ(病)を甘えと片付けて、精神科医療、企業、社会から切り捨てていいものだろうか。
昔、意志が弱いとして、我々が見放していた依存症者は、自助グループを生み出し、今では他の慢性疾患の回復、生き方のモデルとして認知されている。
面白いことに、この新型うつ(病)と定型(従来型)うつ病とは、異なった部分で依存症と重なるところがある。新型うつ(病)は、「自分に甘く、他人に厳しい」。つまり、他罰的な部分で依存症者と同じだ。そして、定型(従来型)うつ病は、自らの病を認めず無理をする。これは依存症者の"否認"と同じである。
そこで、うつ病と自殺対策については、アィデクションの治療、回復モデルが何かヒントにならないものかと、依存症治療に長年携わってきた一精神科医の勝手な思い...。